出雲市武志町 鹿島神社
タケミカズチが国譲りの話しで大国主と会ったのは稲佐の浜。出雲大社もここに あります。 そのために大国主のために大きな宮を造ったのは、ここ稲佐の浜と思いがちです。 ところが建てたのは多芸志(たぎし)の浜と記紀共に書いてあります。 稲佐の浜と多芸志の浜、同じ場所を違う名前で呼んだのか、やはり会見場所とは 違う場所に建てたのか。 謎の一つです。
ある考古学者は出雲市の武志町ではないかと、発音の近さと弥生時代の地形図か らそう推測しています。 出雲を訪れた時にまぁご存じないだろうなと思いながら、この話題を出雲弥生の 森博物館のボランティアガイドの方に聞いてみました。 「あぁ、鹿島神社ね。大国主の宮の跡に建てられたって言われてますよ」 出雲以外でこの話をして通じるのは、専門に研究している人物かよほどマニアッ クな(オタクのような。自分のことですが)人くらいでしょう。
鹿島神社は出雲市武志町にあります。 行って見ました。 現地調査は怠りなくという原則を再確認した次第です。