突線紐(とっせんちゅう)5式銅鐸と幅広型銅矛

左二つがいわゆる聞く銅鐸で紀元前1,2世紀のものです。
右が突線紐5式銅鐸で3世紀初めから中葉ごろのものです。
見る銅鐸としては最終期のもので、最も大型化しこの銅鐸は高さ1m37cm
あります。
琵琶湖のほとり、野洲市で出土しました。
これだけの大きなもの、また表面に模様を付けるのは当時の最新技術が必要でし
た。
現在でも復元は難しいとさえ言われています。
奈良県の唐古・鍵で生産されていたと見られますが、大きな力を持った勢力が、
これを管掌していたのでしょう。
主に近畿地方から出土します。

銅鐸、銅矛ともに東京国立博物館蔵

その勢力に対抗するかのように現れたのが、北部九州を中心として分布する「広型
銅矛」です。
写真の真ん中のものです。
1から3世紀のもので長崎県で発見されました。
鉾は槍とは違い、根元が袋状になっており棒などを入れて使います。
当初は農耕具として使われ始めたようですが、その後に武器となり、最後は祭器と
なりました。

これらに代表される勢力同士が対立したのが「倭国大乱」であると見られます。
大型銅鐸は3世紀半ば、卑弥呼の時代にも作られ続けていることから、大乱におけ
る勝者は、銅鐸をシンボルとしていた瀬戸内海から近畿に及ぶ勢力であったと考え
られます。
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