国譲り神話と出雲 荒神谷遺跡

1983年、出雲の荒神谷。ここでおおよそ350本の銅剣が見つかりました。
それまでに日本で発見されていた数を一挙に上回るものです。
古代出雲国家が単なる神話でないことが、分かりました。

銅矛、銅鐸も発見されました。

 

左が埋納場所で、谷の右側で火が炊かれました。
大掛かりに何回も繰り返してです。
島根大学が熱残留磁気測定法によって、AD250+-80年と結論付けました。

なにが出雲で起こったのか。
記録によれば、西暦250年ころと言うのは卑弥呼が亡くなった時期。
別の事実を見ればこの近くの日本版王家の谷「西谷墳墓群」の王墓の築造が止ま
りました。王族の断絶と見られています。
伝承(古事記)によれば景行天皇の皇子ヤマトタケルは、熊襲征伐の後に何故か
出雲に立ち寄りイズモタケルを騙し討ちにしています。日本書紀には書かれませ
ん。

連日連夜の銅剣埋納、卑弥呼の死、忽然と消えた出雲の王族。
これらを繋ぐものが古事記のみに書かれるヤマトタケルの出雲騙し討ちです。
歴史を見ればこの後、大和は苦戦していた東国との戦いを制し全国制覇への一歩
を踏み出します。

詳細にご興味あれば「古事記に秘めた願い」のP.170辺り「国譲りの真実」を
参考にしてください。

 

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