畿内五大古墳群の編年と天皇の系譜

畿内の五大古墳群より大王墓を抽出しました。(古墳名の後の数字は墳長)
広瀬和雄著「前方後円墳国家」角川書店より引用・修正

大王墓一覧

古墳のカタチは全て前方後円墳です。

稲荷山古墳(埼玉県)から出土した鉄剣の銘文より辛亥の年(471年)に雄略天
皇が在位していたこと、大王家の初代は崇神天皇と伝わっていたことが分かり
ました。
5世紀末頃の話しです。
上記の大王墓の分布にある行燈山古墳を第10代崇神天皇のもの、21代の雄
略天皇陵を岡ミサンザイ古墳とすると古墳の分布と記紀に伝わる天皇の系譜が
ほとんど一致します。
唯一の例外は19代反正天皇です。古墳群の中に見当たりません。
これは在位期間が5年と短かったために大王墓クラスの墓が造れなかったので
はと推測します。小さめの古墳か合葬されたのではないでしょうか。

箸墓古墳は卑弥呼の墓とし、西殿塚古墳は台与との見方が強まっています。
そうすると邪馬台国は宗教国家でしたのでその時の王、卑弥呼は初代大王とは
見ておらず、政治指導者として初めて倭国を統治した人物である崇神を初代天
皇として記紀の系譜は作られたと考えざるを得ません。
記紀成立前に存在したとされる国記、帝紀の復元を試みた井上光貞氏によれば、
帝紀にある大王系譜と記紀のものは名前(諡号)が違うものがあるが、世代数は
同じであるようです。

記紀の系譜は存外信頼できるものなのかも知れません。
次回以降には邪馬台国前の神武天皇から9代開化天皇までをどう捉えるか。また
倭の五王は上記古墳分布から誰と考えられるのかに触れる予定です。

 

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