魏志倭人伝 読み手の問題あり

魏志倭人伝では邪馬台国の位置は呉の東方にあるべきという理念による偏向があ
り、その記述通りに行けばとんでもない所に連れていかれるという説を紹介しま
した。
「参照」魏志倭人伝の言うとおりに辿ると南の海の中
つまりこれは書き手の問題です。

ただどうも読み手の問題もあるようです。
魏志倭人伝において「邪馬台国」が出てくるのは1回だけです。倭国は3回、
女王国は5回出てきます。
この意味を魏志倭人伝の構成を見ながら考えてみます。

1.邪馬台国への道程
 まず帯方郡からスタートし、1万2千里の彼方に邪馬台国はあり、そこまで
 の距離や国々、必要な日数などが記されます。
 「南至邪馬壹國女王之所都」
 南に行くと邪馬台国に着く 女王が都を置いている所である
 この1回だけ邪馬台国の名前が出てきます。

2.女王国の支配する国々、範囲
 女王の権威が及ぶ範囲を示し、卑弥呼の晩年近くに衝突する狗奴国までを
 紹介しています。
 つぎは「斯馬国」、そのつぎ「己百支国」、つぎに「伊邪国」・・・・
 ・・・つぎに「奴国」がある。ここが女王国の境界である。
 その南には「狗奴国」がある。男子が王でこの国は女王に従属していない。

3.倭人の習俗
「男子は大人、子供の別なく、顔面と身体にいれずみをしている」から始まり、 
「倭の水人は、好んで水中にもぐって魚や蛤を捕る」、「男子の衣服は横広の
 布をつなげてひもで結び束ねている。婦人は束ねた髪をまとめて、単衣の中央
 から頭を出して着ている」等々です。
 棺あって槨なしもここで語れます。
 これが結構長く続きます。次のような制度も出てきます。
 「国々には市場があって、人々は物資を交換している。大倭にこれを監督させて
 いる」
「女王国の北には、特に『一大率』を設置し、諸国を検察させ、国々は畏れ憚って
 いる。

4.卑弥呼自身の紹介と魏との関係
 国々は一人の女子を共立して王とした。名を「卑弥呼」という。
 夫を持たず弟が政治を補佐している。
 その後に魏と卑弥呼は使者や贈り物のやり取りがあったことを述べています。
「親魏倭国王」の金印や鏡100枚、倭国からの絹の進呈もここで語られていま
 す。

5.卑弥呼の死、その後の女王
 狗奴国との戦い、卑弥呼の死、台与の擁立と続き終わります。

倭国・女王国・邪馬台国
倭国、女王国、邪馬台国と国が出てきますが、魏から見た「倭人」とはどれを
指すのでしょうか? 
女王国とは女王の権威が及ぶ範囲の国々です。
女王国の外にいても勿論「倭人」ですが、魏から来た人たちにとってここは安全が
保障されません。特に邪馬台を支援しており、敵対する狗奴へ行けば危ない目に合
うでしょう。女王国が大きな勢力を持っている倭国でその勢力外へ魏の人間が訪れ
ることは滅多になかったはずです。
女王の権威が及ぶ地域、女王国そこに住む人々が結果として倭人として記録された
はずです。
また大倭や一大率といった制度の記述もあることから、邪馬台国の人々だけを倭人
と呼んだ、倭人として記したとも思えません。
つまり読み手の問題というのは3番目の「倭人の習俗」を記してある箇所を読む
時に、邪馬台国のことを言っているのだとの先入観を以て、そう限定して読んでい
ることです。
「絹」「棺と槨」問題もここから出てきていると考えます。